音楽を聴くメガネ虫#15えとらんぜ

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バンバンバザール

『えとらんぜ』

 

 

どうしても眠れなくなった時は、その日2回目の風呂に入る事にしている。

家族が寝静まったリビングを抜けて、こっそり追焚きボタンを押す。その間、自室に置いてある中学時代フリーマーケットで50円で購入した小型ラジオを風呂にセットして、それを聴きながら30分くらいぬるま湯に浸かってのんびりする……

といったストレス解消法があった。それは深夜誰かの声を聴いて安心したいといった一抹の寂しさの解消でもあるが、未知の音楽を探る為でもある。半ば引っ掛かっても掛からなくてもいい位の、そんな夜釣りの様な期待をもってぼーっとラジオを聴く事に楽しさを見出していた。

そしたら。

全く予期せぬ大物が引っかかった。

何だこの下町情緒溢れるボサノバは。めちゃくちゃ俺好みだ。慌てて洗濯機の上に置いてきたスマホを引っ張り出しSoundHound(曲聞かせると検索するやつ)を使った。ヒットしない。こうなったらもう曲を流し終わった瞬間の「お送りした曲は〜」を下りを絶対に逃してはならない。意外とアレ聴きそびれるんだよな……と、半ば陸上競技のスタートに似た謎の緊張感を持ちながらその時を待つ。

あ、フェードしてきた。

そろそろかな。

「お送りした曲は、バンバンバザールでえとらんぜでした。」

あぁ〜良かった〜……

おっさんの滑舌が良くて……

 

本作『えとらんぜ』のジャケットは一見ただの風光明媚な油絵の様に見えるのだが、実際そこに描かれているのは中洲の屋台街。

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実際彼らが現在福岡県で活動されている為このチョイスにもなったんだろうけど、ここからも分かる通り、暗がりのバーでウィスキーを傾けるよりかは少し肩の力を抜いて、居酒屋で梅キュウとホッピーを頼む中年のつかの間の回顧と言ったムードに包まれている。

1曲目『stranger』は流れた瞬間に掴まれたキャッチーだけど少し寂しさのあるリフに心惹かれる。また東京近隣の民なら最早大して感傷も湧かない「浅草」「秋葉原」「日本橋」が、これを聴きながら探索すると本当に何も知らないstrangerになったが如く街を探索出来る様になる旅情に溢れた雰囲気もまた魅力的で、このアルバムが自分のお散歩プレイリストに入っている一つの理由でもある。

キーボード、ドラム、ウォーキングベース等曲だけ聴いたらちょっとテンポの早いシンプルなジャズナンバーなんだけど、そこに円熟味のある曇ったボーカルワークが一際光る『マフラー』、「誰にも聞かれずにループしてる抜け殻ビーチサイドのラジオ」……たったこれだけで情感が伝わってくる歌詞表現が最高に好きな良バラードの『瞬夏終灯』。はっぴいえんどに通じるけだるい雰囲気を醸し出したブルース『おこりんぼう』も味があって好きだ。

 

ラジオで流れた1曲に惹かれアルバムを購入してみたが、全体通して聴くと湿り気を含んだ古き良き哀愁の風景が広がる。そんな日本で産まれ育った者にしか作れない、オリジナリティ溢れる作品だった。