音楽を聴くメガネ虫 #11マグマ
稲葉浩志
『マグマ』
作詞作曲ともに全て稲葉が制作している。
後述の様な強烈な歌詞の説得力をより強度に、かつ繊細に補強する曲作り自体はとても素晴らしいし、B’zでは作れないような、ウッドベースが終始鳴り響くジャジーなテイストだったり、ボサノバだったりと色々な変化球を投じている。
が、正直従来ファンからすればメロディ自体の奥行は特に感じられる物は多くないし、特別何かキャッチーな曲が有る訳では無い。
にも関わらず、このアルバムはなぜ素晴らしいのか。
それは方向性である。
果たしてあのB’zの稲葉のソロアルバムは一体どんな暴れた作品なのだろう、どんなメッセージ性を込めた物だろうと誰もが思ったはずだ。現にその1人だった自分は1曲目を聴いた瞬間、困惑した。
1曲目、冷血の書き出し。
きみは きみの思うように 生きろ
ぼくは ぼくのしたいように したい
自由とは 何かを知りたい人よ
自由とは ぼくだけに都合いいことでしょう
今作は今までのB’zの中にあったポップで前向きな要素は一切排除され、常に薄暗い雰囲気が漂い続けている。
『friends』の様な愛する者を失う悲しさでも、『The 7th blues』の頃の様なやさぐれて尖ったそれとも違う。
卑屈で、惨めで、孤独で、目先の欲に流されてはまた後悔して、置いていった者たちに嫉妬する。そんな心の奥のマグマの様に煮詰まった利己的でどうしようも無い感情。
決してスポットライトを当てる事は許されない誰しもが持つ奥底の闇を、日本が誇る完全無欠のスーパースターの稲葉が淡々と恥ずかしげもなく歌い上げていく衝撃は凄まじいとしか言い様が無かった。
チャートに乗る人間が「頑張れ」だとか「ファイト」とか歌うのは仕事上当たり前、というか義務…とまではいかないが、大スターだと思ってた人がこちら側の土俵に立ってくれた方が1番胸を打つ。
そんな実感が湧いたのは、このアルバムがあったからこそなのかもしれない。